「法華経とシルクロード」展
ロシア・東洋学研究所(サンクトペテルブルク)所蔵の仏教文献遺産
《この展示会は1998年に日本で、2000年にヨーロッパで開催されたもので、現在は行われておりません》
東京展
共催=東洋哲学研究所、ロシア科学アカデミー東洋学研究所サンクトペテルブルク支部
後援=ロシア大使館、文化庁、創価学会、SGI(創価学会インタナショナル)、創価大学国際仏教学高等研究所
協力=フィンランド航空
展示会場=戸田記念国際会館(新宿区左門町)
開催期間=1998年11月10日~30日
観覧者=5万人
精神文化の至宝
燦然と輝く「精神文化の至宝」を世界初公開――1998年(平成10年)11月、東洋哲学研究所は、東京で「法華経とシルクロード」展を開催した。
会場の戸田記念国際会館に展示されたのは、法華経の古写本をはじめとした粒よりの仏教文献「47件」。
共催のロシア科学アカデミー東洋学研究所(サンクトペテルブルク支部)が膨大な所蔵品から精選して出品してくださった「写本・木版本」の数々である。
用いられている言語は、サンスクリット、西夏語、ソグド語、古ウイグル語など14言語。文字も、カローシュティー文字、満州文字、モンゴル文字、ハングルなど13種類に及ぶ。時代は推定・紀元1~4世紀のものから18世紀にまで至る。
「シルクロード」、それは仏法伝来の道、すなわち「ダルマ(法)・ロード」でもあった。
中央アジアのオアシス都市には、多種多様な言語・文字による仏典写本が残されている。ホータン、クチャ、トルファン、敦煌……各地で人々は、熱く仏教を敬い、信仰の誠を経典の文字に刻んだのである。
「門外不出の文献が、よくぞ」
「これは奇跡ですよ。夢ですよ。こんなことが、現実にありうるのですね」
そんな声が聞かれるほど、会場は熱気に包まれていた。話には聞いていた、写真でも見た、しかし実物はどうしても見られなかった、そんな門外不出の文献の数々が目の前に並んでいたからである。なかには「ロシアまで行ったが見られなかったのに、この日本で見られるとは」と感激する人も。
何十年も仏教文献研究に打ち込んできた碩学が、目を輝かせながら、食い入るように展示を見つめていた。一度会場を出たものの、再び訪れて、最初からもう一度見てまわる学者の姿も。
ペトロフスキー本「法華経」
出品物の中には、ペトロフスキー本「法華経」(7~8世紀の書写)もある。
法華経梵本(サンスクリット本)には、ネパール本、ギルギット(カシミール)本、中央アジア(西域)本の3系統があるが、ペトロフスキー本は、中央アジア本の代表。法華経研究の基礎文献とされる。きわめて貴重なため、写本の原本が海外で公開されるのは初めてである。
「またとない"無二の宝"を、よくぞ貸し出してくださいました。この展示会の歴史は永久に輝き続けることでしょう。心から感謝申し上げます」
東洋哲学研究所創立者の池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長は、ロシア科学アカデミー東洋学研究所の絶大なる協力に、そう深謝し、関係者とともに展示を見て回った。
同研究所のヴォロビヨヴァ博士(写本室主事)が、ペトロフスキー本「法華経」を指さす。
「この梵文写本はホータンで書写されたものです。親せきを弔うために、ある人物が発注したのです。発注者の名前が奥付に残っています」
ペトロフスキー本「法華経」は、中国・新疆のカシュガル駐在のロシア総領事・ペトロフスキーが20世紀初頭に入手したものである。そのころ、各国から、先を争うように探検隊が中央アジアに入っていた。ロシア王室の命を受けたカシュガル総領事のペトロフスキーも写本類を収集し、首都サンクトペテルブルクに送ったのである。
「経典が光っています」
また、会場には、樺皮のガンダーラ語「法句経」(1~2世紀の書写)もあった。これは、"バラバラに刻まれて旅行者に売られようとしていた"というエピソードをもつ。
そして貴重な西夏語「法華経」の木版折本(12世紀の書写)も。
創立者は、一点一点を丹念に見つめながら、語った。
「経典が喜んでいます。光っています。笑っています。経文は文字であるけれども『魂』です。宇宙の根元で『渦』を巻き、『波』うっている大生命力のリズムを写しとった表現です」
千年の時を超えて輝く「精神の光」「文化の光彩」――。
精神文化の復興を願っての展示会は、1ヵ月間(11月10日~30日)一般公開され、約5万人もの観覧者が訪れた。